「お前は変わったな」といわれる
ハバネロ食ってばかりのお前が
「お前は変わったな。ハバネロ(スナック菓子)食べてばっかりだったのに。」
友人の一人 S が酔っぱらってくると、決まって私に言う台詞だ。これを聞くと今年も地元に帰ってきたなと思うと共に、友人への歯がゆさを感じてしまう。
GW等の長期連休があれば地元へ帰省していた。 決まって地元の旧友4,5人と酒を飲む。
幼稚園からの付き合いなので付き合いはかれこれ約30年。大学時代は私の一人暮らしの部屋や友人の賃貸アパートからはじまり各々の結婚式からの2次会3次会、ここ2,3年で家を建てた友人もいたのでその家のガレージでバーベキューしながら等ライフステージに合わせ(?)飲み会の形式も変わっていった。
会話の内容は他愛ないもので「最近どう?」からはじまる近況報告だ。最近は家のローンの話、仕事や嫁の愚痴等なんだか辛気臭い話も増えてきた。もう少しすれば健康診断に引っかかった話、病気の話、いつも飲んでいる薬の話になるはずである(ますます辛気臭くなるなぁ)。
変わらない事=美徳?
冒頭の「お前は変わったな」発言の友人Sだが、ここ最近、というか社会人になってから徐々に違和感を覚えるようになった。友人Sの過去に固執している意識、そしてどうやらそれに美徳を見出している様に感じる所にだ。
Sは昔の事をよく覚えている。幼稚園から高校、大学に至るまでとにかくよく覚えている。幼稚園児の時に私がしたいたずらで先生に怒られた事、それをSが先生に言いつけた事、当時の私のクラスメイトが誰だったか等(Sは私と別のクラスだった)。話すときは何だか誇らしげなんである(ドヤ顔の時もある)。こんな様な話が彼の中で小学校編、中学校編とあるようだ。
冒頭のハバネロの話は事実だが、高校の時である。あれから15年経つ。彼の基準は高校の時の様だ。イジリの決まり文句の様にも聞こえるが、そこから変わって欲しくないというのも暗に伝えられるように感じる。
そんな彼なのでたまに集まって酒を飲むと、昔ばなしのオンパレードになってくる。何回聞いても笑える鉄板話なら笑って聞くのだが、これがそんなにウケる話でもない。延々気の抜けたビールを飲まされているようなそんな気分になってしまう。毎回これをやられるとしんどい。
変化を受け入れない
私がSが過去思考だと思うのは、新しい事、変化をすることを拒む所にもある。 最近ではこんな出来事があった。
普段地元の友人を集めたLineで何気ない雑談をしているのだが、最近は専らコロナの影響ってどうよ?である。皆在宅勤務になっており、家だと集中できない等の愚痴を口々にこぼしている。 Sも同様に在宅勤務なのだが、愚痴が止まらない。
教員をしているSは「宿題のプリントを各家庭に車で届けるとかどうかしている!」とか、「プリント配るのと並行して家庭訪問しろとか休校の意味ないだろ!」とか「仕事のパソコンは家のインターネットに繋いじゃだめだから作業効率が悪い!」等々。確かに効率悪いし意味もないという指摘はごもっともである。どうやら上からの方針が気に食わない様子だった。私は「Zoomとか使えばいいんじゃない?」とリンクも含め送ったり、「他の地域の学校だとこんな事例がある。」とこれもリンクを送ったりした。私の会社でもリモートワーク用のソリューションがいくつかあるので担当窓口につないでもらえれば提案もできるとも伝えた…がSの反応は芳しくなかった。
「そんな事いったら自分にその仕事が降ってくる。」
「インターネットがない家庭からのクレーム処理が嫌だ。」
「東京のIT企業勤めには、田舎者の気持ちはわからん!」
完全にシャットアウトである。私は「じゃあ、どうしたい?」とメッセージを送ったが他の話題に飲まれ結局返ってくることはなかった。
職場環境に不満はあるが、変えることには抵抗があるようである。
人間変わらずそのままでい続けることは、芯があって素晴らしいともいわれる。 ただ人間は死んでしまう。死ぬ前に生きていかなくてはいけない。
Sの生き方は、変化についていけず寂れた商店街を見ているようで悲しい。